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No.11 地域の雰囲気を知る不動産屋

No.11 地域の雰囲気を知る不動産屋

「こんにちは~」食事をしている合間にも、玄関から声がかかる。「今日はお友達を誘って来たわよ」、ご婦人の知り合いらしい。「さあ、どうぞ」、ご婦人は嬉しそうだ。煮魚が美味しい、田舎の母を思い出す。「そう言えば、茶色の猫がここに案内してくれたのよ」私は友人にさっきのことを話した。「茶々丸だ」、友人が微笑む。「ここの猫なの?」友人が首を横に振る。「地域猫?この辺りの皆に可愛がられてる」

「こんにちは、お邪魔します」半袖シャツにネクタイ姿の男性が入ってきた。「今日は煮魚ですか、嬉しいなあ」友人が可笑しそうに挨拶する。「毎日、ありがとうございます」、男性も笑う。「すっかりご贔屓にして頂いて」笑いながらご婦人が麦茶を差し出す。「最初はどうなることかと思いましたけど食事は美味しいし、デザートも最高だし。ライブ演奏も楽しめるし、いつまで居座っても文句言われないし、居心地良すぎですね、ここは」、小さな笑いが上がる。

「不動産屋さん、そこでここに出会ったの」友人が囁く。「北千住の賃貸物件を探しに行った時に、大家さんが来ていたのよ」その言葉に、ご婦人が頷く。「ねえ、縁って分からないものねえ」、男性も無言で頷く。「まさか、こんなことになるとは思ってもいませんでしたけどね」。友人がカウンターに入り、デザートを渡してくれる。「デザートは私の担当」。甘過ぎないムースが、口の中で溶けていく。

「そう言えば、息子さんは何か言ってきましたか?」、不動産屋の問いかけにご婦人が笑った。「呆れてるんじゃないかしら。料理も音楽も、私の趣味みたいなものだから」。ご飯のお代わりを盛り付けながら、ご婦人が言う。「あの人は自分は好きなことをしているくせに、私から好きなことをを奪って引退させようなんて、何も分かっていないんですよ」。お茶碗を受け取りながら、男性がフォローする。「心配なんですよ」。「でも近々、素知らぬ顔でやって来ますよ。母親の勘ですけどね」。