
友人が北千住に家を借りた。「借りた」というのは、ちょっと違うかもしれない。「間借りさせてもらっている」が正しいのかも。「楽器を持って遊びにおいで、美味しいおばんざいとデザート付き!」というメールに、私はすぐに彼女を訪ねたのだった。
グーグルマップに入れた住所を目指して駅から歩く。チェロは重い楽器だ、地図に表示された住所が正しいことを祈るしかない。駅から細い路地に入ると、色気のない高層住宅が見当たらない、古い住宅地が申し訳なさそうに広がっている。そこには木々の姿も垣間見え、心なしか空気がひんやりと感じられる。夏の夕方には近所中で打ち水をしていそうな、そんな趣の一角だった。
こういう町は好きだ。北千住という町はよく知らないけれど、この辺りに賃貸物件があるのなら住んでみたいとちょっと思う。もちろん家賃にもよるのだけれど。一度不動産を当たってみようかと、割と本気で思う。路地を歩く私の前に、茶色の猫が現れた。猫はまるで私を先導するように、ゆったりと歩いていく。当たり前に猫がいる町も好みだ。どうしよう、本当に好きになってしまいそうだ。
猫の姿が右に折れ、スマホのGPSも右で点滅している。適度に手が入った樹木の間の先に、どっしりとした和風家屋が姿を見せている。玄関は開放されており、右側にカフェのように看板が立てられていた。「白身魚の煮付け、トマトとアボカドの和風サラダ、インゲンのごま和え、野菜たっぷりのお味噌汁」それらの文字の下に「チョコレートとミルクのムース、ミント添え」途端に空腹だったことを思い出す。声をかけると、友人の弾んだ声が返ってきた。
広いLDKの先に防音された部屋があった。グランドピアノがデンと構えている。「先にランチにしましょう」、楽器を防音室に立てかけて、彼女の後を付いて歩く。オープンスタイルのキッチンには、淡いクリームのかっぽう着に身を包んだご婦人が微笑んでいた。カウンターには大皿に盛り付けられた煮魚、インゲン。ああ、美味しそうだ!テーブルはカウンター席のみ、フローリングやオーダーメイドらしい家具が控え目に輝いている。「ご飯とお味噌汁は食べ放題、おそうざいがなくなり次第終了なのよ」ご婦人がふっくらとご飯をよそってくれる。その隣で微笑む友人。これはぜひ、問い詰めてみなければなるまい。食事を頂いた後にだけれど。