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No.15 ずっとこのままの姿でいてほしいと願う相続物件

No.15 ずっとこのままの姿でいてほしいと願う相続物件

祖母が亡くなって、母がその財産を相続した。預金や証券の他に土地もあったのだが、それは家の周辺の1,000坪位の土地だった。家の周辺には最近人気の店舗が出店したこともあって、売るつもりなら売れるかなという雰囲気になっていた。実際地続きだった500坪程度の土地は分譲地として売却していたし、両親は打診があれば売ると話していた。

ただ私自身はうっすらと樹木がそそり立ち、下生えが茂るその空間が好きだった。この木々が切り倒されて色気のない分譲地になったり、アパートが建ったりするのは余り嬉しくなかった。わがままだというのは自覚していたが、ずっとこのままの姿でいて欲しかったのだ。では自分たちで使うかと言えばそんな予定もなく、どうしたものかともてあましていたのだ。

母の話によると、いくつかの不動産会社から打診が来ているのだという。売りませんか、アパートを建てて家賃収入を得ませんか。「土地活用しませんかという話よね。でもこの周辺だって最近はアパートが建ち始めたし、そんなに借りる人いるのかしらねえ。売ってくれという会社も1,000坪を何回かに分けて買いたいというし、面倒だからしばらくこのままにしておこうかと思って」

「お父さんは何て言ってるの?」「お父さん?お父さんは何も言いませんよ。仕事が忙しくてそれどころじゃないし」「趣味でやってる野菜作りのために、畑を広げようとか」母が大きくため息をつく。「今の庭の野菜作りですらいっぱいいっぱいなのに、これ以上広げたらお父さん倒れてしまいますよ。それに木を切って土を入れて、畑にするためにどの位お金がかかると思ってるの?」これだから素人は、というような目で私を見る。

それなら、と私は思う。愛犬を散歩に連れ出しながら、少し早足で歩く。お前のドッグランはもうしばらく売られずに遊べそうだよ。木の少ない方は足を取られる木の根も少ないし、見晴らしも良い。下草をかき分けながら地面に鼻を押し付けることも出来るし、そこに集まる虫や小動物を追うことも出来る、今しばらくは。愛犬が走り出して、私もその後を追った。