
「いや何も、投資をするだけなら株でも債券でもいいわけなんだよね」そりゃあそうだろう。それこそ近年人気のFXだっていいわけだ。「しかし残念ながら、毎日スマートフォンに張りつける医師なんていないよな。デイトレみたいなことでも出来ない限り、お任せみたいな資産運用になるんだろう。それは御免だな、結果を他人のせいにしたくなるような投資は」
空いた時間を縫っての昼食時の食堂は、いつもはこんなに賑やかではない。今日は誰かが口火を切ったのだ。大方、投資の勧誘でもあったのだろうが。医者は忙しいから、デイトレのような真似は出来ない。それは確かだ。そこそこの給料を利息も付かない口座に入れておく位なら、運用して利益を生み出したいと考えるのは人情だ。間違いは、全てを自分1人の手でやろうとすることだといつも思う。
メールをチェックすると、妹からの連絡が入っていた。競売に出ていたビジネスビルが落札出来たことを知らせるメールだった。これからその手続きや修理などで忙しくなるとくくってある。綺麗にリノベーションして、売るか貸すかするのだろう。元々は不動産会社に勤めていた妹が始めたことだった。マンションの1部屋が2部屋になり、今は小さなビルの売買にまでなっている。妹の経験と目、私はもっぱら資金担当、協業の成果だった。
会社組織にしたのは妹だ。経費や節税のことを考えると、その方が断然有利なのだそうだ。失敗したときに責任を取る覚悟はもちろんあった。そうでなければ、こんなことを始めたりはしない。そしてここが重要なところなのだが、女性は投資には慎重なものなのだ。借入をおこすにしても、前の分の返済を済ませてからでなければ絶対に手出しはしなかった。私の仕事は月に1度、彼女と食事を摂りながら財務諸表に目を通して、いくつか質問するだけだ。おかげで私は自分の仕事に集中出来るし、将来的には自分の物件での開業も選択肢になった。ますます仕事に身が入るわけなのだ。