イーヨーフドウサン

住まい探し

No.49 不動産屋で賃貸物件探しの相談中

No.49 不動産屋で賃貸物件探しの相談中

「駅から徒歩10分、周囲は公園と広葉樹の林です」、そのご婦人の静かな声が心地よく響く。「環境は素晴らしいと思います」。私は希望エリアにある賃貸物件の資料を見せてもらっていた。「築何年位ですか?」不動産屋さんが低い声で問いかける。少し間があって、ご婦人の声が答えた。「50年位かしら」、結構な築年数だ。「3年前にリフォームしたんですね?」「ええ、水回りだけですが」「それを賃貸されるんですか?ご自分で使うためにリフォームしたのに?」

小さく溜息が漏れた。「私は住みたいのですけどね、息子がうるさくて。北千住は地元みたいなものですし」ご婦人の抑えた上品な語り口が気になって、私は聞くともなく耳を傾けていた。「いつまで若いつもりでいるんですかなんて言うんですよ」「ご心配なんですよ」不動産屋さんが小さく笑う。「写真を見た限りでは問題なさそうですが、一度見せて頂けますか?」「もちろんですよ、私はいつでも結構ですよ」。

「お売りになるつもりはないんですね?」また溜息。「決心がつかなくて。それに息子のところにはピアノがないんですよ」私は意識を集中した。「そんなに簡単なことではないんです」。このご婦人は何者なんだろう?「お友達もいますし」立ち上がる気配がし、私はそちらに目を向けた。着物姿の上品そうなご婦人だ。このご婦人のお宅は賃貸に出されるのだろうか。家賃はいくら位なんだろう。もう少ししたら、また確認に来てみよう。

「北千住駅徒歩10分、和風4LDK+音楽室x(防音済み)、水回りリフォーム済み、条件有り」条件有りって何だろう。それにあのご婦人はあんなに迷っていたのに、決心がついたのだろうか。家賃も明記されていない。まるで「ワケあり物件」という趣だ。実際、何かワケがあるのじゃないだろうか。私はしばらく逡巡した。そして思い切って声をかけてみた、「すみません」。